役員が知っておくべき社会保険の基本
取締役や役員がどのような社会保険に加入すべきか、基本的な知識を持つことは非常に重要です。取締役や役員が加入しなければならない社会保険には、健康保険、厚生年金保険などがあります。これらの保険は、役員の健康や老後の生活を支えるために欠かせないものです。特に、取締役や役員の社会保険は、社員の方と取り扱いが違うところがあるので、違いも把握するのがポイントです。
社会保険の種類と負担者、役員の加入の有無
社会保険といっても、健康保険、介護保険、厚生年金、子ども・子育て拠出金(旧:児童手当拠出金)、雇用保険、労災保険等、多くの種類があります。
①健康保険:健康保険とは、病気やけが、またはそれによる休業、出産や死亡といった事態に備える公的な医療保険制度です。事業主(会社)と従業員が折半しております。取締役や役員も加入します。
②介護保険:介護が必要な高齢者を社会全体で支える仕組みであり、公費(税金)や高齢者の介護保険料のほか、40歳から64歳までの健康保険の加入者(介護保険第2被保険者)の介護保険料等により支えられています。事業主(会社)と従業員が折半しております。取締役や役員も加入します。
③厚生年金:厚生年金とは、会社などに勤務している人が加入する年金です。保険料は毎月の給料額をもとに算定しますが、事業主(勤務先)と従業員が折半しております。取締役や役員も加入します。
④子ども・子育て拠出金:子ども・子育て拠出金とは、児童手当や子育て支援事業、仕事と子育ての両立支援事業などに充てられている税金です。子ども・子育て拠出金は、毎月の給料額をもとに算定しますが、従業員の負担は発生しません。事業主(会社)側が全額負担するものです。取締役や役員も加入します。
⑤雇用保険:雇用保険は、労働者が失業や休業で働くことができなくなったとき、生活の安定をサポートするために一定の給付をする保険です。雇用保険の保険料は、毎月の給料額をもとに算定しますが、事業主(勤務先)と従業員が折半しております。取締役や役員は原則として、加入できません。
⑥ 労災保険:労働者の業務上の事由または通勤による労働者の傷病等に対して必要な保険給付を行い、あわせて被災労働者の社会復帰の促進等の事業を行う制度です。毎月の給料額をもとに算定しますが、従業員の負担は発生しません。事業主(会社)側が全額負担するものです。取締役や役員は原則として、加入できません。
上記を表にまとめると以下となります。
種類 | 負担者 | 取締役 役員の加入の有無 |
健康保険 | 会社と従業員で折半 | 取締役 役員も加入 |
介護保険 | 会社と従業員で折半 | 取締役 役員も加入 |
厚生年金 | 会社と従業員で折半 | 取締役 役員も加入 |
子ども・子育て拠出金 | 会社が全額負担 | 取締役 役員も加入 |
雇用保険 | 会社と従業員で折半 | 取締役 役員は原則として加入しない |
労災保険 | 会社が全額負担 | 取締役 役員は原則として加入しない |
雇用保険の適用と役員の特殊なケースについて
雇用保険の加入条件は、以下の労働者です。
- 1週間の所定労働時間が20時間以上であること
- 31日以上の雇用見込みがあること
パートやアルバイトなど雇用形態や、事業主や労働者からの加入希望の有無にかかわらず、要件に該当すれば加入する必要があります。ただし、季節的に一定期間のみ雇用する場合においては、一部保険者とならない場合があります。
会社の取締役や役員については、原則として加入することは出来ません。ただし、会社の役員と同時に部長、支店長、工場長等の従業員としての身分を有する者は、服務態様、賃金、報酬等からみて、労働者的性格の強いものであって、雇用関係があると認められる場合に限り、雇用保険に加入できます。この場合、雇用の実態を確認できる書類等をハローワークに提出していただく必要があります。
(参考)厚生労働省Q&A https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000140565.html
役員としての立場に関わらず、従業員と同様に雇用保険料を支払う必要がある場合は、雇用保険への加入により、失業した場合や退職後の再就職活動に対する支援金を受けることができるため、経済的なセーフティネットとして機能します。 役員が実際に雇用保険の給付を受けるケースは稀であるものと考えられますが、新たな事業を起こすために退職した場合や、会社が倒産した場合などの特殊な状況では、この保険が役に立つことがあります。こうした理由から、役員であっても雇用保険への加入について検討することは重要です。
役員が社会保険に加入できない場合
役員が社会保険に加入できないケースがあります。それは、役員報酬がゼロの場合です。
役員報酬がゼロの場合は、社会保険に加入が出来ないため、他の会社で社会保険に加入していない場合は、国民健康保険に加入する必要があります。なお、会社員の方が法人を設立し、副業をしている場合において、勤務先に副業をしていることを知られたくないときは、役員報酬をあえてゼロにすることがあります。なぜなら、2社以上で社会保険に加入している場合は、社会保険料は、按分して計算をして、それぞれの会社で負担をすることになるため、年金事務所から会社員として働いている会社へ通知がいくことにより、副業をしていることが発覚することがあるためです。
役員報酬が極端に低い場合においても、年金事務所から断れることがあります。社会保険には加入をしたいが、会社の資金的な事情等により最低限にしたい場合に、役員報酬の金額をいくらにするかというのは特に決まりがあるものではありませんが、所得税や住民税等を考慮すると、月額5万円程度で設定するのが理想的であるものと考えられます。
役員が社会保険に加入しない場合
非常勤役員については、社会保険に加入しないこともあります。非常勤役員の社会保険の加入義務については、常勤か非常勤かという形式的な判断ではなく、以下を基に実質的な判断をすることに留意が必要です。
- 当該法人の事業所に定期的に出勤しているかどうか
- 当該法人における職以外に多くの職を兼ねていないかどうか
- 当該法人の役員会等に出席しているかどうか
- 当該法人の役員への連絡調整又は職員に対する指揮監督に従事しているかどうか
- 当該法人において求めに応じて意見を述べる立場にとどまっていないかどうか
- 当該法人等より支払いを受ける報酬が、社会通念上労務の内容に相応したものであって実費弁償程度の水準にとどまっていないかどうか
法定福利費率(会社の負担率)
会社が負担をする法定福利費率は、サイトや書籍等においては、14%~16%と一定の幅があることがあります。
その理由としては、以下が考えられます。
- 雇用保険、労災保険については、役員は原則として加入しません。そのため、役員に対する会社が負担をする法定福利費率と従業員に対する会社が負担をする法定福利費率において、差異が生じます。
- 雇用保険、労災保険は、業種によって、負担率が異なります。そのため、計算をする業種によって、差異が生じる可能性があります。
- 介護保険については、40歳以上が加入をする保険です。そのため、介護保険を含めて計算をしているかどうかで、会社が負担をする法定福利費率に差が生じます。
- 社会保険の料率は、年々上がっており、今後も上がることが見込まれております。そのため、法定福利費率の計算時期による差異が生じている場合があります。
- 社会保険料は地域によって異なり、都道府県ごとに必要な医療費等によって、設定されております。そのため、計算をしている地域が異なるため、計算される法定福利費率に差が生じる場合があります。
ざっくりとした法定福利費率ということであれば、保守的に16%程度を使用することで、問題はないものと思いますが、自社の法定福利費率が、何%になるかを正確に計算をするには、前提条件を整理をして、計算を行う必要があります。
なお、株主が社長である場合、会社負担率と個人負担率を加味した場合、実質的な負担率は約30%程度になります。役員報酬を増やす場合には、社会保険料が増えることも考慮して、設定をするようにしましょう。
社会保険料の計算方法と給料計算ソフト
社会保険料は給与の支給額を基に計算されます。そのため、役員の給与額が高ければ高いほど、支払うべき社会保険料も増加します。
社会保険料の計算は毎月行われ、個人負担額は給与から控除され、会社負担額は、銀行引き落としがされるのが一般的です。
社会保険料を適切に計算するためには、毎月、正確な給料計算を行う必要があります。エクセル等で手入力にて計算をされていることもありますが、正確に計算するためには、給与計算ソフトを利用することがオススメです。最近では、勤怠管理と給料計算ソフト、給与計算ソフトと会計ソフトが連動するクラウド型のツールもあるため、効率的に一体管理をするためには、同じシステムもしくは、API等でソフトが連携できるものを導入するべきであるものと考えられます。例えば、freeeの給与計算ソフトであるfreee人事労務では、入退社・勤怠管理・給与計算まで一元管理することが出来、freee会計とも連携することができます。また、マネーフォワードでも、マネーフォワード勤怠、マネーフォワード給与、マネーフォワード会計と各ソフトで連携することが出来ます。
中小企業においては、社労士に給料計算を依頼している場合がありますが、社労士事務所が使用をしている給与ソフトで計算される場合、会計システムと連動することが難しいことがあります。社労士事務所のソフトと連動できない場合は、想定以上の工数がかかることもあり、社労士事務所の変更も検討する必要があるため、事前に、社労士事務所が使用をする給与ソフト、税理士事務所が使用をする会計ソフトの連携が出来るかを確認することをオススメします。なお、税理士事務所もしくはグループの社労士事務所等で、一元的に給料計算業務を行う税理士事務所もありますので、税理士事務所に給料計算の対応をしてくれるか、確認をしてみましょう。
役員に対する社会保険のケーススタディ
具体的な事例を通じて、役員が社会保険にどのように関わるかを理解することができます。例えば、ある中小企業の社長が適切に社会保険に加入していなかったために、多額の医療費が発生して困ったケースがあります。このような事例は、役員自身の理解不足や制度の誤解によるもので、適切な情報提供と教育によって防ぐことができます。
中小企業の役員と社会保険の実例
ある中小企業の事例では、社長が社会保険に加入しておらず、急な入院に伴う医療費が全額自己負担となりました。結果として経済的な困難に直面し、企業経営にも影響を及ぼしました。このような事例を通して、役員としても社会保険への理解と加入の重要性が浮き彫りになります。
社会保険に加入するための手続き
社会保険に加入する際の具体的な手続きについて説明します。社会保険に適切に加入するためには、まず企業が所定の手続きを行う必要があります。具体的には、社会保険事務所に対して役員の加入申請を行い、その後、役員報酬に基づいて保険料を支払う手続きが必要です。
健康保険への加入手続き
健康保険に加入する際には、企業側が健康保険組合や社会保険事務所に対して適切な書類を提出する必要があります。加入手続きには、役員の基本情報や給与情報を含む申請書類が必要であり、これらを提出することで健康保険への正式な加入が認められます。また、取締役や役員が既に他の健康保険に加入している場合は、その情報も併せて提出する必要があります。加入手続きが完了すれば、取締役や役員は健康保険証を受け取り、医療機関で保険を利用することが可能になります。
厚生年金保険への加入手続き
厚生年金保険に加入するためには、企業が社会保険事務所に対して加入申請を行います。申請には基礎年金番号、給与情報、職位や勤務内容を詳細に記載する必要があります。申請書類が受理されると、役員は厚生年金保険に正式に加入することとなり、給与から保険料が毎月控除されます。また、取締役や役員が以前に他の企業で社会保険に加入していた場合、その情報も併せて申請する必要があります。適切な手続きを行うことで、将来の年金受給権が確保されます。
企業が社会保険を適切に管理する方法
企業は役員の社会保険を適切に管理するために、いくつかのポイントに注意する必要があります。まず、正確な情報の提供と更新が求められます。役員報酬や勤務状況に変動があった場合、速やかに社会保険事務所や保険組合に申請することが重要です。また、定期的なチェックと見直しを行い、適切な手続きが行われているか確認することが必要です。
役員報酬の正確な記録と申告
役員報酬の正確な記録と申告は、社会保険料の適切な計算に直結します。企業はまず、役員の報酬を正確に把握し、それを適切に申告する必要があります。役員報酬には基本給だけでなく、役員賞与等も含まれるため、全ての要素を漏れなく記録することが重要です。報酬額が変更になった場合には速やかに社会保険事務所に報告し、保険料の再計算を依頼することが求められます。これにより、役員が適切な保険給付を受けられるようになります。また、役員によっては、複数の会社で社会保険を加入している場合があるため、留意をしましょう。
定期的な社会保険の見直しとチェック
企業は定期的に役員の社会保険に関する手続きを見直し、適切に管理されているか確認することが重要です。例えば、年に一度の定期的なチェックを行い、役員報酬や勤務状況の変動が保険手続きに反映されているか確認します。また、企業の経営状況や法令の変更に応じて、社会保険の手続きを見直すことも必要です。こうした定期的な見直しとチェックを行うことで、企業と役員の双方にとって適切な社会保険管理が実現し、予期せぬトラブルを未然に防ぐことができます。
役員の社会保険管理の重要性と今後の対応策
役員が適切に社会保険に加入することは、企業全体の安定性や公正な経営のために極めて重要です。企業は役員の社会保険管理を徹底し、役員報酬の正確な記録と申告、適切な情報提供、そして定期的な見直しを実施するべきです。また、役員自身も社会保険のメリットと手続きを理解し、自らの生活を守るために積極的に関与することが求められます。
なお、社会保険の負担率は、会社負担率が約15%、個人負担率も加味すると約30%となります。役員報酬を増減する場合には、社会保険料も合わせて増減することに留意をして、設定をするようにしましょう。社会保険料をうまくコントロールすることができれば、会社の経営、役員個人の生活を安定することもできるため、税理士や社労士等の専門家に必要に応じて、相談をしましょう。